時代を越えて、キセルとともに
きせる屋のぼる

父がキセル屋だった飯塚昇さん。15歳から仕事を始めたが、高度経済成長期に入ると巻きたばこがハイカラだと人気となり、次第にキセルは売れなくなってしまう。「一時は他の仕事をしていましたが、60歳になって少しずつならできるのではと思い、“きせる屋のぼる”という名前でまた始めたんです」。昭和50年代までは燕にも多くのキセル職人がいたが、高齢になりその数は減っていく。比例して飯塚さんの仕事は増えていった。「珍しい産業だから、見学コースに選ばれたり、展示会に出てくれというお話をいただきます。体が動くからには頑張っていかなければという気持ちですね」。仕事に満足できるのはお客様に喜んでもらえた時だと、飯塚さんは笑った。